スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

5月, 2017の投稿を表示しています

無事帰国しました

9日19:00前、広島空港に到着しました。 貴重な経験の場を与えてくださった広島平和文化センター(小溝泰義理事長)はじめ、派遣を支えてくださったすべてのみなさんに感謝します。広島・長崎の被爆者の方々、および、彼らと共に平和を希求し連帯してこられた多くの市民の方々の歴史の上に今回の派遣があることを忘れず、これからも この経験を生かして、努力します。 小溝理事長先生からは、「よき未来にするか、そうではない未来にするか、それは、君たち、わたしたちにかかっている。自分が幸せであれば、他者も幸せにすることができる。人類の多様性を認め合い、これからも共に、よき未来の創造のために努力しよう」と、お言葉をいただきました。

ウィーン市内視察

今日は朝から、ウィーン大学で、日本の文化を学んでいるベネディクトさん、チェスさん、マーカスさん、クリスさんと一緒にウィーン市内の視察に行きました。 まずステファン教会を訪れ、礼拝を見学しました。とても大きな礼拝堂と美しいステンドグラスに圧倒されました。 そのほかにも、シェーンブルン宮殿やカフェ・ツェントラルなどを訪れました。ウィーンには、中世ヨーロッパの建築物が数多く、林立しています。どれも非常に美しく、目を奪われます 。 明日は、平和首長会議の主催する、NPT再検討会議の第1回準備委員会のサイドイベント「ユースフォーラム」でのプレゼンです。被爆者の方々、平和を願うすべての市民の願いを、訴えます。

プレゼン練習

今日(5/6)は2日後の、ユースフォーラムでのプレゼンテーションに向けて、練習を行いました。 オサラバン先生に発音等の指導をしていただいた後、ホテルの会議室を使って、本番に近い形で、レッスンをしました。その会議室は、午前中、平和首長会議の役員会が開かれていて、まだ、数名の世界各国の首長と、小溝理事長、松井広島市長、田上長崎市長がいらっしゃいました。各校2回通り、練習を行いました。 終了後、小溝理事長から、「本番でも思いの丈を語ってほしい。懸命に訴えたならば、必ず相手は反応してくれる。その経験が自分の人生にも、大きな影響を与える」とお言葉を頂きました。 残り1日、何度も、心を込めて、練習します。

サイドイベントに参加

準備委員会の会議を傍聴後、サイドイベント(主催:INESAP)に参加しました。ドイツとオーストリアから来た大学生たちが、模擬的に今回のNPT再検討会議を行っていました。1人、1カ国が割り当てられ、その国の大使になりきって、他国と交渉するのです。模擬国連に近いものです。非常に活発な発言が続きました。 この模擬会議の中で、日本を担当する大使もいました。そして、彼の発言に他の参加者がビビットに反応していました。模擬会議の中でも、これだけ注目されているのですから、実際の会議では、これ以上に注視されているでしょう。日本がとても重要な立場にあるのだなと改めて気づかされました。

ファンデルクワスト議長に署名提出

今回のNPT再検討会議第1回準備委員会議長に選出されたオランダのファンデルクワスト大使に署名を提出しました。これは、平和首長会議が、2015年6月以降に、世界中から集めた、核兵器廃絶を求める署名です。私たちの行っている「核廃絶!ヒロシマ・中高生による署名キャンペーン」も含まれています。 受け取ってくださった議長は、私たちにこうおっしゃいました。「こんなにも多くの核兵器廃絶を願う思いを集めてくれて、うれしい。日本、特に広島や長崎からは、今回の会議に特別な思いを寄せてもらっている。感謝している。現在、核保有国は核抑止論を堅持している。この署名に込められた思いは、その現状を打破する“スパイス”になる。スパイスは、平凡で、何の変化もない料理に、異なる風味を加え、新たな味を生み出す」。「平凡で、何の変化もない料理」とは、遅々として進まない核兵器廃絶のことです。そこに、世界中の平和を願う思いを入れることで、「新たな味=核廃絶への機運」が生まれるのです。 私たちは、街頭に立ち、1筆1筆、地道に署名を集めています。そんな小さな行為を、こうして世界の核廃絶のリーダーたちに届けられたことに、感動しました。 しかし、この署名活動1つ、被爆者の方々が血のにじむような活動を続け、市民が草の根の活動を積み重ねてきた延長にあります。私たちは、彼らの願いを受け継ぎ、核廃絶に向け、活動を継続しなければなりません。

IAEA訪問

IAEA(国際原子力機関)を訪問しました。IAEAは「平和と開発のための原子力の促進」をテーマとしています。主な活動として、放射性物資(ウランやプルトニウム)を持っている国が、それを核兵器に転用しないように監視・査察を行ったり、人間の生活を豊かにする原子力技術の開発などがあります。 広島平和文化センターの小溝泰義理事長も、以前、IAEAで働かれていました。 核兵器の問題を考えるとき、私たちは同時にすべての核の問題を捉えなければなりません。ウラン採掘に始まり、原発や医療面などの平和利用、核兵器の製造・実験・使用・廃絶、劣化ウラン弾などの核のゴミ・・・。決して切り離すことはできません。そのすべてについて学習しなければなりません。それが、人類の生き延びる唯一の道です。

ウィーン・インターナショナル・スクール訪問

CTBTOを訪問した後、ウィーン・インターナショナル・スクールを訪問しました。14~16歳の学生と交流しました。初めに各校、1分間の学校紹介プレゼンを行いました。その後2つの班に分かれ、ディスカッションを行いました。私の班では、原爆投下の経緯や、被爆者の体験、また広島と長崎は安全なのかなど、さまざまな話題が飛び交いました。原爆のことを学校で習うそうです。 しかし、私たちのような、日本(被爆地)の人間から、話を聞いたことはなく、非常に興味深そうに聞いていました。被爆者の坪井直さん(日本被団協代表委員)の体験をつたえました。昔、アメリカを恨み、その思いが腹の底にあること。しかしその思いをぶつけるのではなく、人類生存のため、核廃絶を訴えていること。また、結婚において差別されたことなどです。体験を聞いた学生たちは、口々に「恐ろしい」「信じられない」とつぶやきました。私たちは、実際にヒロシマ・ナガサキを訪れてほしいとも伝えました。それは、被爆地を訪れ、被爆者に直接会い、彼らから、悲惨な体験とその中を生き抜いた証を感じてほしいからです。昨年5月、オバマ米国大統領(当時)が訪れたように。 福島は安全なのかとも問われました。その質問に対し、私たちは「放射能の危険性は、専門家でも意見が割れる。わからないというのが、答えだ」と伝えました。同世代の意欲的な姿勢に刺激を受けました。 投稿した記事に不具合があり、見て頂いた方にご迷惑をおかけいたしました。

在ウィーン日本政府代表部の北野充大使との懇談

在ウィーン日本政府代表部の北野充大使と懇談を行いました。ナガサキ・ユース代表団のメンバーの皆さんとともにお会いしました。北野大使はこうおっしゃいました。「若者の横のつながりが大切だ。また、思いをぶつけたり、違うbackground(生い立ちや相手のおかれている状況)の人と話したり、思いを共有することが大切だ」。 貴重な体験でした。 秋山信将先生(一橋大学大学院教授・現在は外務省出向中)と、食事をとりながら、意見交流を行いました。秋山先生は私たちにエールを送ってくださいました。「その問題について、繰り返し考えることが重要だ。考えることをやめ、自分の思いだけをわずかな知識と関連づけたならば、それはおごりである。君たち若者が活動してくれることがうれしい」。 出会わせていただいた方々、またサポートをしてくださった方々に心より感謝申し上げます。明日からも、健康第一で地道に謙虚に、被爆者や市民の思いを胸に刻み、学習をします。

CTBTO訪問

今日は、CTBTO(包括的核実験禁止条約機関)を訪問しました。CTBTOはCTBT(包括的核実験禁止条約)の検証制度を構築し、条約が発効し次第すぐに運用できるように準備をしている機関です。ちなみに、CTBTとは「宇宙空間、大気圏内、水中、地下を含むあらゆる空間での核兵器の核実験による爆発、その他の核爆発を禁止する条約」です。1996年の国連総会で採択されました。現在183カ国が署名、166カ国が批准しています。しかし、発効要件国(44カ国)のうち、8カ国が批准していないため、発効はされていません。 CTBTOのスタッフの方がこうおっしゃいました。「CTBTが発効できないことがもどかしくて、ならない。まだまだ、CTBTのことや、核実験禁止の重要性が理解されていない。だから、核実験禁止・核兵器禁止の思いを世界中に伝えてほしい。世論を動かすことが重要だ」 世論を高めるには、市民の連帯の連帯が不可欠です。 写真は世界各地にある観測所から送られてくるデータを集約している部屋です。

国連ガイドツアーに参加&NGOセッションを傍聴

昼食後、国連ガイドツアーに参加しました。国連には193カ国が加盟しています。ですから、国連の敷地はオーストリアのものではなく、国際的領域となっています。加盟国が共同で管理しています。国連内では、多くの職員の方々が働かれていました。みなさん、いきいきとされていました。 最後にNGOセッションを傍聴しました。この会議では、NGO(非政府組織)の代表者がスピーチを行います。午前にお会いした、児玉三智子さんも日本被団協の代表として発言。「核兵器を使えば、いかにむごい被害が続くか被爆者は知っている。核兵器はこの世に絶対に1発でもあってはならない」と強く訴えられていました。会場からは大きな拍手が起こりました。 続いて、平和首長会議から、小溝泰義事務局長が発言しました。「首長(市民)には核兵器を拒絶する責任がある。『もう誰にも自分と同じ思いをさせてはならない』という被爆者の思いを胸に刻み、我々は連帯しなければならない」。 セッション終了後、小溝先生ほか、広島平和文化センターの方々と会食をしました。 1日盛りだくさんな内容でした。本当に貴重な体験をさせていただいていることに感謝申し上げます。

NPT再検討会議第1回準備委員会 傍聴

続いて、NPT再検討会議第1回準備委員会を傍聴しました。各国の大使が続々と発言していました。しかし、自分の英語力がないばかりに、彼らの発言をダイレクトに理解することができませんでした。同時通訳の音声に、頼るしかなく、非常に悔しい思いをしました。もし、英語で理解できたならば、通訳で聞く何倍も相手に思いを寄せることができたでしょう。言葉では言い表せない相手の強い信念を感じることもできたでしょう。外国語、特に英語ができなければ、相手の表面上の考えしか理解できないのです。言語の学習がいかに重要か、改めて実感しました。

児玉三智子さんと面会

今日(5/3)は、被爆者で、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)事務局次長の児玉三智子さんとお会いしました。児玉さんは7歳のときに、広島で被爆されました。今回のNPT再検討会議第1回準備委員会に際し、日本被団協から派遣されているそうです。児玉さんはこうおっしゃいました。「原爆で仲間をたくさん亡くした。でも、自分は生き残った。死んだ仲間に申し訳なくて、長い間体験を語れなかった」。彼女は続けました。「2度と被爆者をつくってはならない。核兵器は1発でもあってはならない。ともに力を尽くそう」 そんな被爆者の方々の苦しみと叫びが私たちの活動の原点です。 iPhoneから送信

ウィーン到着しました

 現地時間5月2日19時(日本時間:5月3日2時)、無事にオーストリア・ウィーンに到着しました。  広島空港 → 羽田空港 → フランクフルト空港(ドイツ)→ ウィーン空港 の経路をたどりました。長時間かつ、連続したフライトでしたが、体調を崩した人はいませんでした。  ホテルに到着後、すぐに明日のミーティングを行いました。  そこで、平和首長会議の小溝泰義事務総長と、偶然お会いしました。同じホテルに宿泊されています。ユース非核特使は、平和首長会議と広島平和文化センターが中心となり、派遣されています。心から感謝申し上げます。  明日は、被爆者の児玉三智子さんとの面会やNPT再検討会議第1回準備委員会の傍聴など、盛りだくさんな1日です。とにかく積極的に学習し、すべてを吸収してきます。

05.02 結団式

 今日以降の現地からの報告は、盈進高校2年の後藤泉稀(ごとうみずき)と同じく高校2年の高橋悠太(たかはしゆうた)が担当させていただきます。よろしくお願いします。  広島空港で結団式を行いました。派遣される8人の仲間が、順に決意表明をしました。  後藤泉稀と高橋悠太はこう発言しました。「これまで被爆者の方々の命がけの活動と、市民の草の根の運動や連帯を決して忘れません。彼らの犠牲の上に、今回の派遣があり、現在の私たちの平和な日常があります。そのことを胸に刻み、被爆者の方々の思いを世界に発信します」。  広島空港には朝早くにも関わらず、広島平和文化センターから、常務理事の岩崎静ニさんと平和首長会議担当課長の末廣恭子さんが来てくださり、激励のことばをいただきました。心より感謝申し上げます。また、見送りに来てくださった各校の先生方や保護者の方々, 旅行会社の方にも感謝しております。  引率は、広島女学院中学高等学校のジェラルド・オサラバン先生と広島平和文化センター国際部の石田祐也さんです。それでは、行ってきます!

戸成府中市長を表敬訪問

5/1(月)NPT準備委員会に際する国連派遣の府中市出身生徒二人(5年:後藤泉稀さん[今年度ウィーン国連派遣]6年:作原愛理さん[2015年NY国連本部派遣]が、理事長先生、校長先生ご同伴で、戸成義則府中市長を表敬訪問しました。

枝広福山市長を表敬訪問

4月27日(木)、5月2日よりウィーンで開催されるNPT(核拡散防止条約)再検討会議第1回準備委員会の開催にあわせて派遣される2名、5年(高2)高橋悠太君と後藤泉稀さんが、枝広 直幹福山市長を表敬訪問しました。2人は先日、広島市にて外務省より「ユース非核特使」の委嘱も受けました。本校の鎌刈理事長先生、菅校長先生も同席してくださいました。 高橋君と後藤さんは、「私たちは、72年間被爆者やそのご家族が、苦難の人生を生き抜き、「No more Hibakusha」と訴えてきた歴史を忘れてはなりません。また、多くの市民の草の根の運動の歴史を胸に刻まなければなりません。そうした犠牲と運動の上に、私たちの平和な日常があり、署名活動や今回の「ユース非核特使」の派遣があるのです。私たちは被爆者の方々の思想を胸に刻み、日本の加害の歴史も学び、人類生存のため、心をこめて活動していきます。」と力強く決意表明をしました。枝広市長からは、「私たちのまち、福山も非核宣言都市として平和行政に力を入れています。お二人ように継続した活動をしていくことが本当の平和を築いていく上で何よりも大切なことだと思います。平和は空気のように感じてしまいがちなもの。しかし、だからこそ平和を真剣に希求する心がないと実現できないものだと思います。意義深い役割をしっかりと果たし、お二人の人生にとっても素晴らしい経験となることを祈っています。」と激励をいただきました。また二人に激励金を授与していただきました。枝広市長をはじめ、関係の方々に心から感謝申し上げます。 2人は5月2日広島空港を発ち、羽田よりウィーンへ向かいます。以下、現地での大まかな行程です。現地での様子は本校ホームページにて随時アップしていく予定です。 こちらも併せてご覧ください。 5月2日(火) 広島空港7:35発 →羽田空港 →フランクフルト →ウィーン着 5月3日(水) 国連パス取得 NPT再検討会議第1準備委員会 傍聴 国連ガイドツアー NPT 再検討会議第1回準備委員会NGOセッション傍聴 5月4日(木) 地元の青少年との交流・CTBTO視察 北野充氏 (在ウィーン国際機関 日本政府代表部 大使)面会 5月5日(金) IAEA 視察 ファンデルクワスト議長(オランダ)への署名手交 5月6日(土) プレゼン

広島市の松井市長を訪問

オーストリアで開かれるNPT=核拡散防止条約の準備会合に向け、現地に「ユース非核特使」として派遣(5月2日~5月9日)される、5B高橋悠太君と5C後藤泉稀さんが先日、広島市の松井市長を訪問しました。 今年度集めた署名数は65,213筆。被爆70年に当たる年の8万越え署名に次いで、初めて6万筆を越えました。外務省より「ユース非核特使」の委嘱を受けた2人は、他校のメンバー(広島女学院・修道・沖縄尚学)6名と共に、核兵器の廃絶を訴えるために、この署名を国連に提出する予定です。 2人は被爆者の切明千枝子さんの言葉を、そして被爆者の叫びでもある 「もう誰にも自分と同じ思いをさせてはならない」という復讐と敵対を超えた素朴で崇高な平和への思想を世界へ直接発信するのだと決意表明をしました。 また、核兵器禁止条約制定に向けた交渉会議において、核保有国は参加せず、被爆国である日本が同調したことに対して、それらの国は条約反対の立場をとるのではなく、条約の制定に向けて主導していくべきであり、日本は条約に反対する国が賛成に転ずる橋渡しをすべきだと述べました。 現地では様々な会議を傍聴したり、平和首長会議ユースフォーラムでプレゼンテーションを行い、英語で、核兵器の廃絶を訴え、世界平和を希求する思いを全力でアピールして参ります。